永全寺(えいぜんじ)は余市町富沢町にある曹洞宗のお寺です。龍護山永全寺は、江戸末期の文久2年(1862年)8月18日、松前龍雲院第十六世 大場祖英和尚により、旧幕府の許可を得て翌文久3年(1863年)、現余市町沢町へ童字を建立されました。
龍護山永全寺は、初代開山興山其中大和尚以来、今日まで約145年の永きに亘り、脈々とその法燈が引き継がれてきた由緒あるお寺でございます。特にその静寂で落ち着いた雰囲気が魅力で、訪れる人々に心の平安をもたらします。寺院内には、仏像や仏画などの貴重な文化財が数多くあり、また、四季折々の風景を楽しむことができ、春には桜、夏には新緑、秋には紅葉、冬には雪景色と、訪れる度に違った魅力を見せてくれます。このような自然の美しさも永全寺の大きな魅力の一つです。そして、訪れる人々に静かな時間と心の安らぎを提供する場所として、多くの人々に愛されています。この寺院を訪れることで、日常の喧騒から離れ、自分自身と向き合う貴重な時間を過ごすことができます。
今から八百年ほど前の鎌倉時代、道元禅師(どうげんぜんじ)が正伝の仏法を中国から日本に伝え、瑩山禅師(けいざんぜんじ)が全国に広められ曹洞宗の礎を築かれました。
このお二方を両祖と申し上げ、ご本尊であるお釈迦さま(釈迦牟尼仏)とともに一仏両祖として仰ぎます。
洞宗には大本山が二つあります。
前章で紹介した、道元禅師がご開山の永平寺(本尊は釈迦如来・弥勒仏・阿弥陀如来)と4世瑩山禅師ご開山の總持寺(石川県輪島市にあったご本山を、明治44年、現在の横浜市に移転。本尊は釈迦如来)です。
ちなみに、宗派を「曹洞宗」と称し始めたのは、瑩山禅師の頃からです。
曹洞宗では、宗派を開かれた道元禅師と、曹洞宗を広めた瑩山禅師を、「両祖大師」と尊称し、道元禅師を「高祖」、瑩山禅師を「太祖」とお呼びしています。
両大本山にも住職はいらっしゃいます。それぞれ「貫首」と呼ばれ、2人の貫首が2年交代で、宗門代表の「管長」を務めています。
曹洞宗は、お釈迦さまより歴代の祖師方によって相続されてきた「正伝の仏法」を依りどころとする宗派です。それは坐禅の教えを依りどころにしており、坐禅の実践によって得る身と心のやすらぎが、そのまま「仏の姿」であると自覚することにあります。
そして坐禅の精神による行住坐臥(※)の生活に安住し、お互い安らかでおだやかな日々を送ることに、人間として生まれてきたこの世に価値を見いだしていこうというのです。
※「行」とは歩くこと、「住」とはとどまること、「坐」とは坐ること、「臥」とは寝ることで、生活すべてを指します。
私たちが人間として生を得るということは、仏さまと同じ心、「仏心」を与えられてこの世に生まれたと、道元禅師はおっしゃっておられます。「仏心」には、自分のいのちを大切にするだけでなく他の人びとや物のいのちも大切にする、他人への思いやりが息づいています。しかし、私たちはその尊さに気づかずに我がまま勝手の生活をして苦しみや悩みのもとをつくってしまいがちです。
お釈迦さま、道元禅師、瑩山禅師の「み教え」を信じ、その教えに導かれて、毎日の生活の中の行い一つひとつを大切にすることを心がけたならば、身と心が調えられ私たちのなかにある「仏の姿」が明らかとなります。
日々の生活を意識して行じ、互いに生きる喜びを見いだしていくことが、曹洞宗の目指す生き方といえましょう。


